第31回国民文化祭あいち「連句の祭典」プレ大会

来年の国民文化祭に向けて、まず最初のイベントが無事終わった。遠いところからもたくさんの方が足を運んでくださって、感謝!である。愛知県連句協会は豊田の〈ころも連句会〉と名古屋の〈桃雅会〉を中心に構成されているが、みんなで力を合わせられたこともとてもうれしい。個人的には、実作会も非常に楽しくて新鮮だった。わたしは「重五」の座で、お捌は〈猫蓑会〉の青木秀樹様。駄目な句はバッサリ切りながら、いろいろと教えてくださる。座は常に前向きで活気があった。半歌仙が編みあがっていく過程を連衆全員に共有させてくださったお捌の心遣いと技とに感服した。「これぞ座の文芸」と今さらながらに体感できたように思う。
11月には2015年の鹿児島の大会があり、いよいよ年明けからは来年の愛知大会の作品募集がスタートする。うおおおお。

2015年9月27日 22:17

肋合わすと知恵の輪になる    小奈生

(「川柳カード」第9号より。)
ねじまき句会の中で、丸山進さんは「カード」の同人だが、それ以外にも会員が4名いる。安藤なみさん、中川喜代子さん、三好光明さん、わたし(小奈生)である。

肋木にキリンは顎を預けてる   中川喜代子

わたしの句も中川さんの句も会員の作品コーナー『果樹園』に掲載されている。少しばかり探偵めいた推理をすれば、ねじまき句会にたどりつき、5月の句会の題が「肋」であることが見破られそうだと思って、ちょっと照れた。「カード」第9号の締切が5月末日だったと思う。いや、別に悪いことをしたわけじゃない。それでも、ちょっと照れてしまうところがおもしろかった。実際には、当事者だけがはっとして他の人は気にも留めないだろう。ただ、ねじまき句会のメンバーには事情がバレバレである。これはどうしようもない。厚かましくもわたしにはもう1句ある。4月のねじまき句会の題が「肌」なのだ。なんとなく、ごめんなさい。

ただならぬ肌をさらしている四月   小奈生

2015年9月22日 18:13

「すこやかな不健全」   by々々さん

「川柳カード」の対談は小池正博さんと柳本々々さんによる「現代川柳の可能性」。いちばん最後の結論は、現代川柳は、あるとき見知らぬ誰かに突然伝わる可能性を持っているということだったと思うのですが、そこまでの過程で、柳本々々さんの事象に対するクールなネーミングがたくさんありました。例えば、「俳句が挨拶の文芸であるのに対して川柳はお別れの文芸である。」「川柳は健やかな不健全さを持っている。」「川柳の不健全さを定型が支えている。」などなど。かっこいいわあ!それ以外に気になったのは、小池さんの「川柳には入口がないのが問題。」という発言。「ねじまき#1」の対談の中で荻原裕幸さんも「川柳って入口がないんだよなあ。」とおっしゃっていました。今回の大会では、今までより若い人の姿が目立ったような気がします。(若いというのは、20代とか30代のことです!)これは、川柳に何か可能性が見え始めたということなのでしょうか。

2015年9月19日 13:06

「カード」大会に行ってきました。

土曜日は大阪の「カード」の大会に行ってきました。初めてお目にかかる柳本々々さんや西原天気さん、思いがけず再会した上井とまとさん。お手洗いでご挨拶してしまった中山奈々さん、声はおかけできなかった石原ユキオさん。江口ちかるさんの呼名を耳にしたので、「川柳スープレックス」で句を取り上げていただいたお礼も申し上げたくて探しましたが見つけられませんでした。そして、もちろん、北からも南からも集まったたくさんの川柳書きのみなさん。あまりにたくさんの人にお会いして、なんだか昨日はぼーっとしてしまいました。今思い返してみると、妙に現実感がありません。最後は、四国に帰る清水かおりさんと徳永怜さんと一緒に地下鉄の駅までパタパタと急ぎました。地下鉄で大阪に着いて「最終まで超余裕!」と思った瞬間に、大阪と新大阪は違うことに気づいてちょっとヒヤリとしましたが、何とか新幹線に間に合って無事帰宅しました。

2015年9月14日 23:04

八月の空の縹に浸す脳    小奈生

ねじまき句会、8月の題は「脳」。二村鉄子さんに「縹に頼りすぎ」との評を頂戴して平伏した。そのとおり、そうかもしれぬと自覚症状ありありだったから。「縹(はなだ)」なんて、いやらしくないかしらとか。句会アフターの居酒屋〈あほうどり〉で、「縹と浅葱はどうちがうの?」なんて話も出て、縹のほうがちょっと濃いかなあと思いつつ、あ!そういえば、「浅葱」もつくったことがあると思い出した。2005年の題詠100首マラソンである。

八月は浅葱の空を盗まれて君に会えない夏がゆきます(031:盗)
つつがなくスパム降り積むボックスに友の訃報が届く八月(092:届)

10年の月日が「浅葱」を「縹」に変えたのだろうか。今年の8月には大好きな従弟が亡くなった。8月の空を見上げてもブルースカイの記憶がない。

2015年9月10日 16:14

JKに普天間問えばトコロテン    三好光明

〈やさしい川柳〉の講座、「天」から。三好さんにが「JK」だなんて!知っちゃったから感動して使ったんじゃないかと疑うほど意外な組み合わせである。こっちまで感動して、うちの子たちにこの句を紹介してしまった。やはり、小学生から大学生までは難なくJKに反応していた。題の「天」が「普天間」で使用されて、「トコロテン」が片仮名表記になっているのだが、「JKに普天間問えば」を「トコロテン」に集約してしまういい加減さというか、大胆さというか、潔さというか、そういうものが気持ちよかった。三好さんの、読者に対する100パーセントの信頼感が表れている気がする。「JK」は、もう何年かたつと通じなくなる言葉かもしれない。(もちろん完全な市民権を獲得する可能性もあるが。)そういう意味では、「普天間」以上に時事的かも、と思った。

2015年9月 7日 13:43

百個あるうちの三十三間堂    小奈生

バス停に70代とおぼしき女性が立っていた。バスの到着まで2分ほど。その女性の後ろに並んだ。ふと思いつく。「百個あるうちの・・・」「・・・うちの三十三・・・」「三十三間堂」え?とりあえず、ケータイにメモして、顔を上げる。あれ、さっきの女性がいない。いない?あたりを見回す。入り込むような建物はない場所だ。見通しのよい大通り沿いのバス停である。ものの1分ほどしかたっていないのだ。もう一度入念に周囲を探す。消えた!そんなバカな!朝の事件である。

2015年9月 4日 17:33

誓います南天のど飴の赤に    小奈生

夏休みが終わったので、なかはられいこ先生の「やさしい川柳」の講座に復帰。今週の宿題は「天」。意外なほどほめていただいたので、どんな顔をしてよいかわからない。きっと、ほめられ慣れていないせいだ。妙におどおどしてしまって我ながら笑える。句会とは違う教室の面映ゆさである。10月からは、午前に初心者向けの川柳講座が新設されて、木曜日のなかはられいこ川柳教室は午前と午後の2講座になる。きょうも見学の方が一人いらっしゃったのだが、先生がもっとコワイかと(和服でビシッときめているような先生だったらどうしようかと)心配なさっていたそうだ。自由で笑いの絶えない教室の雰囲気に、ほっとされたようだった。じわじわと川柳書きが増殖中の名古屋である。

2015年9月 3日 21:28