銀色の誰が垂らした糸でしょう    小奈生

こんな句をつくったのがいつだったかと思えるほど暑い毎日が続いている。今年の梅雨は雨が多くて梅雨らしいねなどと話していたのはほんの少し前のことだ。きょうで7月も終わり。子どもたちは、もう夏休みが終わってしまいそうだと心配している。投句をするとき、いくつかつくった中からどの句を投句するか迷うことがある。あるいは、推敲して、どのかたちがベストかわからなくなることがある。いつでも自分の意図と判断基準を持った確信犯として投句できるようになりたいと思う。

2015年7月31日 22:21

母は二女和子行年五十七    小奈生

朝日カルチャー「やさしい川柳」の講座から。「昭和区」の「和」が題である。いろいろ考えたのだが、昭和というとわたしには母そのものである。母の姉である伯母の名前は昭子。母は昭和7年の生まれだ。母は平成を知らない。わたしは、昭和生まれでありながら平成をすでに27年も生きてしまった。周りには平成しか知らない生粋の平成っ子たちがわんさかいる。わたしって(あるいは、わたしたちって)いつも中途半端な気がする。これが川柳と言えるのかどうかよくわからないところもあるのだが、こんなチャンスには母のことを書いておきたいという思いっきり個人的な感情から書いた句である。

2015年7月23日 16:10

夕暮れに海を和えれば小椋佳    青砥和子

朝日カルチャー〈やさしい川柳〉題詠「和」より。
うまい!と座布団を10枚くらい差し出したい気分である。'夕暮れの海和え小椋佳仕立て'ってとこかなあ。夕暮れと海という逃れようのないアイテムも、和えるのならいいかも。「和える」と表現されたことで小椋佳の世界との距離が保たれているせいだろうか。小椋佳はちょっと・・・のわたしも楽しくいただける句だ。高校生の頃に絶対的な小椋佳ファンがいた。「知ってる?」「ううん。」「めっちゃ、ええんよ。」「そうなん。」数分後、授業中だったのだが、きっちり歌詞を書いたレポート用紙が回ってきた。「少しはわたしに愛をください」ひえー。困ったけど、その紙は今も高校の卒業アルバムに挟まれている。クラスメートが書いたものは捨てられなかったから。小椋佳さんの世界は今でも苦手だけど。

2015年7月21日 14:32

熱心に夜を広げてゆくトーキョー 青砥和子

朝日カルチャー「やさしい川柳」の講座から。宿題「熱」の最高点句だ。正確には「最高点句だそうだ」になる。欠席をしたのだが、由香さんから連絡帳メールが届いた。いえーい!なんだか、うれしいな。ところで掲出句だが、「熱心に」が効いていると思う。なにも「夜を広げ」ることに「熱心に」ならなくてもいいじゃないと思いつつ、眠らない都市東京のイメージをすんなり結ぶことができる。「トーキョー」というカタカナ書きも実体を伴わない感じがうまく出ている。2,3日前、偶然わたしもカタカナの「トーキョー」の句ができちゃったので、青砥さんへのご挨拶に。

トーキョーと雨の速度で言ってみる    小奈生

2015年7月 3日 17:11