あいさつか冬の花火かわからない    なかはられいこ

(「鹿首」vol.7〈ははとははのはは〉より。)
あら、あの人、いまわたしに会釈したような気がする。しかし、相手に心当たりがない。誰だろう?と思いながら行き過ぎてしまうことがある。いや、思い違いかも。会釈をしたように感じただけ、微笑みかけたように感じただけかもしれないとも思う。誰だかわからない人とのそういうすれ違い、それもまた一種の出会いと言えなくもない。触れたのか触れていないのかさえも定かでないような人と人との出会いが「冬の花火」なのだろうか。冬の花火大会のようなイベントもあるようだが、わたしの印象は太宰治の「冬の花火」だ。ストーブの前の線香花火。間が抜けていて哀しくてやるせない。中学生ぐらいの男の子たちの、微かにまばたきをしたような、僅かにうなずいたようなあいさつのしかたも思い出した。

2015年4月30日 11:32

日曜のてっぺんかけたかもしれず    小奈生

ホトトギスの鳴き声がよくわからない。恥ずかしくて大きな声では言えないが、何年か前まではウグイスと似た鳴き方をするのかと思っていた。「卯の花のにおう垣根」にやって来る初夏の鳥らしいが、ちゃんと見た覚えがない。最近は何でもググればOKなので、〈ホホトギス鳴き声〉で検索して聞いてみた。「テッペンカケタカ」と聞こえないこともないけれど、それにしてはかなり訛りの強いイントネーションである。鳴き声を聞いて、その方角を見ても姿が見えないという鳥のようだ。それだけ鳴き声にインパクトがあるのだろう。百人一首の後徳大寺左大臣の歌もそんな感じだったと思う。

ほととぎす大竹藪を漏る月夜    芭蕉

2015年4月28日 16:10

お別れの儀式のように干すシーツ    なかはられいこ

(「鹿首」vol.7〈ははとははのはは〉より。)
シーツの洗濯は日常のありふれたできごとである。ただし干す作業については、靴下やシャツを干すのとはわけがちがう。真っ白な1枚の巨大な布をぴーんと干す。端っこがクチュッとならないように気をつけて干す。大物を相手にしながら細かいところにも気を配る。洗剤のいい匂いに包まれる。洗濯日和のよいお天気である。こういうことに没頭していると、ふと錯覚めいたものに迷い込む。まるで全然ちがうことをしているような気がすることがあるのだ。そのことが「お別れの儀式」と表現されたのではないだろうか。清澄な凛とした感覚が呼び起こした違和感を言葉がとらえる瞬間である。日常の一瞬に異空間を切り開いて見せてくれるところが好きだ。

2015年4月27日 14:19

いもうとのため息パプアニューギニア    なかはられいこ

(「鹿首」vol.7〈ははとははのはは〉より。)
ため息をつく。ぱぷー。パプアニューギニア!「ため息パプアニューギニア」となり、「いもうとの」が冠せられる。という手順を想像してみた。「ため息」から「パプアニューギニア」が出てくるところ、「いもうとの」がつくところが、なかはられいこさんの作句の力ではないかと思う。固有名詞の力を存分に生かした作品だ。なかはらさんは固有名詞の力を引き出すのがとてもうまい。例えばこんな句もあった。

これはもう体言止めでチチカカ湖

こちらは「体言止め」を言うために「チチカカ湖」が発掘されるという手順になるが、言葉の選別が抜群である。川柳っていろいろあるなあと楽しくなる。

2015年4月26日 19:22

ひっぱればほどけるははとははのはは    なかはられいこ

(「鹿首」vol.7より。)
ひらがな、すごいなあ。これだけ並ぶと(作者名もだ!)、頼りなさそうな平仮名にもパワーを感じてしまう。字面を見ているだけでも楽しくなってくる句だ。平仮名の「は」「ほ」「る」には小さな丸がいっぱいあって、半濁点の丸も加わるからだろうか。複雑に絡み合った「はは」と「ははのはは」を、ひっぱるとつーっとほどける。何の話かわからないけど、そんな気がしてしまうところがおもしろい。もたついて上手く言えない早口言葉みたい。勢いがあって楽しい1句である。
「鹿首」は〈詩・歌・句・美〉。表紙には、雑誌名である「鹿首」の文字と不思議な彫刻の写真、右下に「特集 壊れる」と記されている。見知らぬ世界への入り口のような雑誌である。

2015年4月24日 14:47

雨粒もきみも肋を通り抜け   小奈生

4月の題と間違えて、来月の題の「肋」で句を作っていた。途中で気づいて、とりあえずとっておいたのだが、どうも使えそうになくなった。句会の後の芋蔵で、「第一発想は捨てよ。」についての談義があった。第一発想の例として5月の題の「肋」をとりあげて、なかはらさんが説明してくださった。なかはらさんの場合、「肋」の第一発想は、肋骨を鳥籠に見立ててその中で鳥を飼うというようなものだということだ。だからその発想を捨てて、あるいはそれを脱却して書こうとするという話だった。そこで第二発想として示された例句を聞いたとき、マズイ!と思った。似ていたのだ。類想句となってしまう以上、先にあった句を越えていないと存在意義がない。一度聞いただけなので、例に挙げられた句を正確に覚えているわけではないが、越えていないことだけは一瞬で判断がつく。知らなければ、この句を投句したかもしれない。偶然に類想句の存在を知ることができたのは幸運だった。「肋」の第三発想を模索すべし。

2015年4月23日 22:11

どこまでも続く線路とキャベツを刻む    なかはられいこ

(「週刊俳句」〈テーマなんてない〉より。)
やっと晴れた。晴れたので、バスをやめて駅まで15分ちょっと歩いた。とても気持ちがいい。ジャストタイミングで電車が来て乗車。なかなかいい調子だ。名鉄電車のベスト・ビューは最後尾の車両の一番後ろの窓から見る景色だと思う。遠近法の中心に向かって、線路も街も吸い込まれていく。線路の湾曲や高低差も手に取るようにわかる。急行電車に乗ると、鳴海から堀田の間はノンストップでちょっと距離があるので、電車の景色をじゅうぶんに堪能できる。いちばん後ろの車両のいちばん後ろで電車の進行方向と反対向きに立って、にこにこしていた変なオバサンが私である。電車の刻むビートにキャベツを刻む音を重ねながら。

2015年4月22日 17:28

へばりつく桜しとどにフエキ糊    小奈生

きのうはねじまき句会。どうして月に1回しかないの?と思うくらい楽しかった。2回あったら、句を作るのが大変なんだけど。句会のあとは、このところ「芋蔵」で飲んだり食べたりしゃべったりしている。これがまた、おいしくて楽しい。そのときに、この間の朝日カルチャーセンターの川柳講座に出した「桜」の句の話が出た。なかはられいこ先生から、私の句の「へばりつく桜」を生かして考え直してみたらどうかというアドバイスをもらった。それとは全然別の話で、商品名やコマーシャルのフレーズを川柳の中に取り入れることも話題になった。二つの話をまとめて(まとめる必要はないのだが)とりあえず、試作してみた。「しとどに」がイマイチだなあ。「フエキ糊」も付き過ぎで面白味に欠ける。難しい!

2015年4月20日 22:37

忘れられた傘たちの共通点    二村鉄子

(「川柳ねじまき」#1より。)
また傘を忘れてしまった。極めつけの常習犯なのだ。むしろ病気に近いかもしれない。だから、できるだけ持って出ないのだが、出かけに降っていたので仕方ない。いくつかの〈忘れるポイント〉を無事クリアして、電車を降りて歩き出した瞬間に、はっとした。あ、傘。電車の中ですわっているときにも、降りるときに忘れない工夫をしたつもりだったのに、あっけないものだ。もうドアは閉まって、電車は動き出している。「忘れられた傘たちの共通点」というテロップが頭の中を通過する。共通点があるのは、傘の持ち主のほうじゃないかなと何となく思う。もちろん、傘に共通点を求めるからこそおもしろいのだけれど。

2015年4月15日 17:51

A4にされるあの子に渡したら    久保田紺

(「川柳カード」第8号より。)
この単純明快さ!確かにサイズの基本はA4だから。意味を伝える言葉としては、これ以上ないくらいにわかりやすい。それが、不気味であり、危機感を感じさせる。「あの子」って誰よ。A4魔。片っ端からA4にしてしまう子。まったく実体のわからない、しかし何でもA4にするという事実だけははっきりとわかっている子。「A4にされる」という唐突な言い方には、「ヤバい!」という声が付いてきそうだ。でも、きっと渡してしまうんだろうな。そして、きっとA4にされてしまうんだ。A4になったのは、何だったのだろう。不思議な空気感の漂う句である。

2015年4月 9日 23:01

不器用でのん気できれい薬指    笹田かなえ

(笹田かなえ句集「お味はいかが?」より。)
まさに薬指のことだと思う。そんなに重要な役割を果たしているとは思えず、のん気に4番目の位置にいる。のん気なおねえさんは、きれい。鈍くさくて、苦労知らずで、腹が立つくらいのん気で、それでも何の問題もなく生きていける美人かあ。自分の薬指を見ながら、ふとそんなことを思ったとしても、客体化された薬指は自分自身ではない。わたしなら、薬指に一抹の羨望を覚えつつ笑ってしまうところである。

2015年4月 6日 13:19

マヨネーズ、ソース、ケチャップをかけて奪う    笹田かなえ

(笹田かなえ句集「お味はいかが?」より。)
うすら寒い4月の雨の金曜日。ぱっとしない天気、ぱっとしない気分。この句の破滅的な勢いがぐっとくる晩だ。3つともかけちゃうの?何にかけるんだ?そのうえ、奪う?いや、いらない。お返しする。マヨネーズ、ソース、ケチャップ!いかにもくどい。尤も醤油や味噌じゃ「奪う」感はないけど。勝手に突っ込んでいるうちに何となく気が晴れている。唱えれば元気になれる川柳の効能だろうか。わたしは、「ケチャップを」の「を」が好きだ。こんなまともじゃないことしてるのに、第一、音数だって5・8・6ですでにあり余ってるのに、助詞の「を」を省かずにちゃんと入れている律儀な物言いがおもしろい。

2015年4月 3日 22:47

「やさしい川柳」はじまりました。

朝日カルチャーセンターで、なかはられいこさんの川柳講座が始まりました。きょうはその第1回講座。15名の定員が満席です。東海柳壇に投稿している人、川柳を書くのは初めてだという人、いろいろな方がいて楽しそうです。きょうは、資料を使って川柳の歴史から学びました。こういう経験は初めてなので、新鮮でうれしい!新鮮と言えば、「なかはら先生」も新鮮。実作の宿題が出たので、次回からの展開がさらに楽しみになりました。この機会を生かせるように頑張りたい!

2015年4月 2日 22:41