取りあえずそっとしておく揺れる影    佐藤ちなみ

(「おもしろ川柳」合同句集第七号より。)
何の影だろう。あまり大きな動きではなく、見ているうちに揺れていることに気づくようなものではないかと思う。木の影があって、よく見るとその枝についた葉の部分が揺れているというような。風に揺れる木の葉もどうしようもないが、揺れる影ではなおさら手の出しようがない。何もせず、ただ見るのみである。その行為を「取りあえずそっとしておく」と言う。「揺れる影」はまた、揺れる自分も意識させる。揺れる影を見ながら、自分自身の定まらずに揺れ動く部分も対象化しているように感じられた。諦めのような、したたかさのような、温かいような、ひんやりしているような、不思議な感触がおもしろい。「取りあえず」の「取」が読むときに少々気になった。漢字はしっかり者で意味を主張する。「とりあえず」と平仮名のほうが、たよりなくてぴったりするような気も・・・。

2013年10月31日 22:43

無理やからバナナの匂いさせたって    小奈生

先週の土曜日は川柳みどり会の第22回センリュウトークに参加した。地元名古屋の会だけれど、メンバーの方とも普段は交流がない。突然押しかけたのに、みなさん歓迎してくださってありがたいことである。ねじまき句会の丸山進さんのおかげだ。当日に発表された題が「バナナ」。バナナと聞いた途端、あの何ともいえない甘いような頼りないような、それでいて他のものとは間違いえない匂いが鼻のあたりをかすめた。瞬時に「無理だからバナナの匂いさせたって」ときたのだが、堅すぎる気がして「無理やから」としてみた。方言だけれど、そんなにベタでもないし、バナナ的にはちょうどよい気がした。おかげさまで、選者の徳永政二さんと峯裕見子さんが特選でとってくださった。もう一句は右斜め前にすわっていらっしゃった徳永さんの背中をみての着想。

バナナ剥く肩甲骨に触れてみる

2013年10月29日 17:37

対岸が胸の谷間を見せに来る    井上しのぶ

(あざみエージェント・川柳カレンダー2013年10月より。)
愛人が胸の谷間を見せに来る・・・ではありませんよね。そんなことがあったら、それはそれでおもしろいのだけれど、とりあえず可笑しいような由々しいような事態である。見せにきたのが「胸の谷間」なのだから「どんなもんだい!」と見せつけに来るのだ。「見せに来る」主体が対岸だというのも、たいへんだ。だって、向こう岸がこっちに来ちゃうのですよ。ただただ固まって「恐れ入ります。」と見ているしかない。でも、待てよと思う。「胸の谷間」だからなあ。下着メーカーのキャッチコピーに「美しい谷間をメイク!」なんていうのもあった気がする。何やらかんやらで頑張って谷間を作成して乗り込んできたのかもしれない。がんばってるのかもと思うと憎めない。いや、むしろいとおしい。人と人との関係を連想させる力の入らない非現実的な比喩の感触がいい。きっと作者は、いつも見せに来られてしまう側のタイプなのだろうなというのは、わたしの勝手な憶測である。

2013年10月17日 14:17

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ    俵万智

父が習字をしている。八十の手習いである。お手本を見ながら毎日1時間、とても真似のできない規則正しさだ。その父が、「短歌を書いてみたい。」というので、文春新書の「新・百人一首」を貸し出したところ、ノートにお気に入りの歌を書き出しているようだった。そしてお習字の題材に選ばれた最初の歌がこれだった。へえー、俵万智さん!若いじゃないの、お父さん。最近は特に平仮名の練習に精を出しているということだが、父の手で書かれたこの歌を見て妙にうれしかった。同時に、さすが俵万智さん、80才男性のハートもちゃんとつかむんだなあと、改めて感心した。この歌は、中学校の教科書にも載っているけれど、中学生よりは父の胸のほうに、より深く響いたようである。

2013年10月11日 16:28