耳もとでふふふと香過ぎていく    中川喜代子

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
聴覚を嗅覚に変換しているのがおもしろいのだが、何よりもその自然さがいい。「ふふふ」がうまく働いている。ふふふ、わたしですよ。ふふふ、ばかねえ。ふふふ、なんでもない。軽いかすかな香りが通り過ぎる。けっして頑張らない口調で日常的なことを話されている気分になる。でも、香りのささやきなんかをちゃっかり聞いちゃってるんですよね、喜代子さん!

2013年8月25日 01:09

ばっさりと斬ったあなたが香しい    八上桐子

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
斬るのですよ。これはもう日本刀です。相当な覚悟を決めて、ばっさりといったのです。ところが、あなたは香しい匂いを放つ。それは想定外の展開です。はっとするものを感じます。こわいけれども血の匂いのするこわさではない。緊迫感のある人間関係とその予測不可能なおもしろさを想像しました。「香しい」が句の中で重要なポジションを占める、題が生かされた句だと思います。

2013年8月25日 00:33

香りのいい柩選んでくださいな    はるひ

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
「柩」の句なのに明るい光と乾いた木のよい匂いがしてくる。自分の葬儀万端を生前に手配したり家族に指示しておく人も中にはいるようだが、たいていの人は他人任せになる。しかももはや自分は何の口出しもできない状態なので、どんなことになるか見当もつかない。まあ、それで何の問題もないのだが、できることなら柩は香りのいいものを選んでもらえるようにと願うのである。その願いが好ましい。乾いたよい匂いのする柩ならゆっくりやすらかに眠れそうである。なんと爽やかな願いであることか。「くださいな」という「大根1本くださいな。」のような口調もこの句にはふさわしい。

2013年8月23日 19:17

香味料かけて女を磨いてる    坂本清乃

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
香味料がいいですね。シソ・ネギ・ミョウガ・ショウガ・ゴマ・ユズ・スダチ・ワサビ・・・・・。香辛料だったら、ぷふぉっとむせてしまいそうですが、こういうお薬味ならやさしい気持ちになれます。ほんとうにいい香りなんです。でしゃばりすぎず主役を引き立てる、そんな奥ゆかしい女性になれるということなのかなあ。「磨いてる」とは言い切っていますが、どんなものやら。おいしいおいしいって言いながらあれこれ食べて終わってしまいそうです、わたしの場合は。

2013年8月23日 18:50

香りある夜空逢いたい人がいる    丸山空木

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
「逢いたい」に悩みました。「逢いたい」はわたしの川柳フィールドには現れない相当に直球の言葉なので。それでも、この句を読むときに立ち上がってくる香りの力は看過できないのです。高く澄み切った真っ暗な圧倒的な夜空の下で「逢いたい」という感覚が香りとなって感じられるというのです。痛みのようでもあり、よろこびのようでもある感覚。わたしもその夜空の香りをはっきりと感知しました。

2013年8月23日 09:02

路地うらにカレーが香る幸せ度    石倉多美子

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
カレーを幸せのバロメーターとして選んだところがいい。困ったときのカレーでもあるけれど、カレーは家族と不可分である。「孫が来るからきょうはカレー」というおばあちゃんとか、子どもが家族に初めてつくってみせるカレーとか。「うちのカレーは・・・」というようにそれぞれの家によって少しずつ入れるものが違ったり、おんなじようで微妙に味が違ったりする。かくいう私も、かなりのカレー好きである。インド料理専門店のじゃなくて、あくまで日本的なカレーが好きだ。カレーは確かに存在感のある香りだ。ところで、「路地裏」ではなく「路地うら」なのは何か深い意味があったのだろうか。もしあったのなら申し訳ありません。そこは読みきれませんでした。

2013年8月23日 01:44

ハーブティ鬼の香をひたかくす    近藤朋子

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
「鬼」の自覚がおもしろい。「鬼の香」と、さらっと言ってのけたところも。あくまでよい匂いなのですよ。〈わたくし〉の中に抱えているよい匂いをさせる「鬼」を「ひたかくす」という言葉とは裏腹に、隠れなくても意に介さずにチラッと舌でも出して終わってしまいそうなしたたかさが心地よい。ハーブティーの香る午後の風景である。「ハーブティ」は「ハーブティー」のほうが、「香」は「香り」のほうが読みやすい気がするが、どうだろうか。

2013年8月21日 12:27

肉桂を齧る戦闘帽の父    中川喜代子

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
シナモンでもニッキでもなく肉桂(にっけい)である。父は戦闘帽をかぶり、きっと日焼けした顔をこちらに向けているのだろう。「齧る」の漢字も生々しい。南方戦線で撮られた一葉の写真なのだろうか。何十年もの時を経て娘がその写真を見つけた。自分の知らない父の姿、肉桂の香りがしたように何かが胸をつんと刺す。こんな物語を想像してしまいました。1句の中に素材が揃いすぎている感もありますが、調理法は適切であり、単にノスタルジックな映像を供するにとどまらず、父と娘との距離感や関わり方を感触として表現している句であると思いました。

2013年8月21日 11:05

反抗期レモンの香り飛ばしつつ    青砥和子

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
現代の子供たちは、以前ほど反抗期が顕著でなくなったという。いわゆる「やんちゃ」な子というのも少なくなったらしい。何かにどうしようもなく腹をたてているような目つきや、への字に結んだ唇なんて流行らないのかもしれない。でも、反抗期は本当は誰もが通過するべき時間なのだ。少なくとも「レモンの香り」を嗅ぎとった作者にとって、それは愛すべき時間なのだと思う。反抗することも思いつかないとか、ムカついてキレて終わりじゃ、レモンの香りも何もあったものじゃない。少年少女たちよ、レモンの香り飛ばして反抗してみせてくれよ。

2013年8月20日 23:10

にらめっこ香ると負けよあっぷっぷ    久保田紺

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
「笑う」が「香る」と入れ替わっているだけ、というのが第一印象だった。だから、通り過ぎそうになったのだが、何かしらひっかかるものがあって何度も読み返した。読めば読むほど、この言葉の入れ替えが抜き差しならぬものに思えてきた。現在は、選句の時点よりさらにその思いを強くしている。ここでの「香る」は「匂う」では決して代用が利かない。ありふれたフレーズの一語を入れ替えるだけという大冒険を試みながら、元のフレーズにはなかったひとつの真実を提示している。にらめっこは、人と人とが正面から向き合う状況である。そんなときに、ちらっとでもいい香りなんてさせたら負けだよという、意地っ張りな矜持がいい。バカみたいなことに結構頑張ってしまう人が私は好きだ。

2013年8月17日 11:31

軽犯罪ですフローラルな香り    岩根彰子

(「おかじょうき」8月号『香』より。)
額面通り素直に受け取れば、魅力的な女性から漂うよい香りは軽犯罪に相当するということなのだが、何かちょっと変なのだ。かっこよくない可笑しさが匂う。だいたい軽犯罪って何なんだ。軽微な犯罪だということはわかるけれども、具体的にはよくつかめない。広辞苑によれば「軽微な秩序違反行為」となっているが、「例えば・・」の後を読むと、ますますクエスチョンマークになる。さらに「フローラルな香り」である。フローラルねえ、トイレの芳香剤、お部屋の匂い消しといったところがすぐに思い浮かぶ。かっこよく取り澄ましたような見せ掛けとの落差がおもしろい。ひょっとして、フローラルな香りにクラッとしそうなオトコたちをおちょくってます?

2013年8月17日 11:09

母は畑留守番してるりんごの香    小田原千秋

(「おかじょうき」8月号『香』)
昔の家の光と影の具合や、エアコンなんてないのに中に入ったときに感じるひんやりした温度、誰もいないしんとした空気などが一瞬にして立ち現れる。まちがいなく母は畑。子どもの鼻はかすかにりんごの香を嗅ぎとる。さみしさのような安心感のようなものに包まれる時間。記憶の中の風景は人によって違うけれども、誰もが一枚の絵のようにして持っている五感を伴う幼い頃の風景に思い当たるのではないだろうか。

2013年8月15日 11:58

そして誰もいない香りが満ちてくる    小奈生

「おかじょうき」で『0番線』の選をさせていただきました。題は「香」。わたしには、とても貴重な経験でした。「おかじょうき」の皆様、投句してくださった皆様に心から感謝いたします。選評では、ひとつひとつの句について触れることができなかったので、ここでそれぞれの句について書かせていただきたいと思います。「香」という題、難しい!題をもらう度に、難しいと言っているような気がするのはどういうわけだろうか。

2013年8月15日 11:37

今一番困ってないのは冷奴    二村鉄子

(第101回ねじまき句会より。)
向こうで夫が「いただきます。」と言う。わたしはビールを出すために冷蔵庫の扉を開ける。途端、「うまい!」と背中に夫の大きな声が。続けて「この冷奴、めちゃくちゃうまい!」一瞬、返事に困る。自家製パン粉の豚カツじゃなくて冷奴のほうね。まあまあ、夏ですし。口当たりもよかったのでしょう。「夏は冷奴だよね。」と辛うじて笑顔をつくる。数日後、また「やっぱり、うまい!」そうですね、冷奴でしょ。下拵えに時間をかけた煮物じゃなくてね。「なんでこんなにうまいのかなあ。」と夫は冷奴を口に運んでいる。かなわない。この時期、どうやったって冷奴様にはかなわないのである。自分の器の冷奴を見ると、なんだか得意げな笑みさえ浮かべているようである。豆腐のしらっとした表情が目に浮かぶタイムリーな一句である。

2013年8月 2日 12:55