バスが来るまでのぼんやりした殺意    石部明

(「川柳カード」第2号・『石部明 五十句』より。)
「殺意」という言葉は日常から遠く、一瞬身を引くような言葉である。バスを待つという穏やかな日常の行為と「殺意」という言葉の組み合わせは驚きであると同時に奇妙な説得力を持つ。電車と違ってバスは必ずしも時刻表通りには来ない。バスが来るまでは何もせずただぼんやりと待つしかない。バスを待つ時間は日常の中の空白の時間なのだ。立ちん坊で静止した身体の内部で、思考はとどまることなく巡り続ける。ふと我に返ったとき「ん?」と思う。あの一瞬のアレは何だったのだろう。ぼんやりした名状しがたい感触。殺意?いや。しかし、それは「バスが来るまで」のことである。バスに乗り込んでしまえば、その感触はもう捉えがたいかすかなものとなり、どこかに消えてしまう。明るい光の中で、日常が健康な音を立てて動き出す。「バスが来るまでの」という時間が設定され、「ぼんやりした殺意」という名前を与えられることで、はじめて認知される感覚である。そこでは、人が誰でも自分すら気づかないままに持っている「ひっかかり」のようなもの、光にさらされることのない「何か」が認識されているのではないだろうか。

わたしが石部明さんと直接的な接点を持ったのはたった一度だけ。2011年の「バックストローク in 名古屋」のときである。その直後「バックストローク」は第36号をもって終刊となり、石部明さんとは二度とお会いする機会もないままに訃報を聞いた。恐れ多くてお話もできずにたった一度の機会を過ごしてしまったことが残念でしかたない。その日、選者のお一人だった石部さんが、わたしの句を2句とってくださったことが、とてもうれしかったのだ。題は「長い」。

長くなった影をはずしているところ
長い夜そっと剥がしている音だ

いつも、自分がどこに立っているのか、どこを向けばよいのかと不安ばかりで川柳を書き続けている。あのとき、石部さんの選に入ったことで、少しほっとして力をいただいた。「いいから書いていなさい。」とおっしゃっていただいたような気がしたのである。たった一度の貴重な出会いである。

2013年3月30日 09:35

蝶の鳴く声かも知れぬ午前二時    荻原裕幸

(第97回ねじまき句会より。)
午前2時。一人で仕事をしている、DVDを見ている、本を読んでいる、ぼんやりしている。何にしろ、家族もみんな寝静まって一人で起きているのだ。そのとき、したようなしないような音が聞こえる。ほんの一瞬。私は、そういうとき、家がうっかり音をたててしまったような気がしていた。何しろ午前2時である。丑の刻参りの時間、草木も眠る丑三つ時だ。世界の半分は闇に覆われ、太陽の庇護を受けない。エネルギーが極度に低下して、その分、目に見えないものが露わになりやすい。そんな時間に耳をかすめた音は、蝶が鳴く声であっても不思議はないのである。午前2時という時間の感触を「蝶の鳴く声」という言葉が伝える。声を持たないものたちの声が、ふと空気を震わせてしまうかもしれない時間なのである。

2013年3月23日 22:28

返せない傘が時々濡れている    熊谷冬鼓

(「おかじょうき」3月号より。)
急に雨が降りだした日に「これ、返さなくてもだいじょうぶだから。」と貸してもらった傘。ビニール傘の類かもしれない。でも、自分はおいしいおやつでも持って返しに行くつもりでいたのだ。ところが、何やかやでとりまぎれ、ついつい返しそびれて傘立てに立ったままになっている。そのうちにまた雨が降り、自分の傘を出し入れするときに「あ。」と思う。傘についた水滴で借りっぱなしのきれいにたたんだ傘がちょっと濡れたりする。返しに行かなくちゃ。傘を貸してくれた人の顔が浮かぶ。どうしているかしら、しばらく会ってないけど。そして、また時間が流れる。一本の傘を通して、人の心の様や人と人とのつながりの微かな部分が伝わってくる。
「おかじょうき」3月号を送っていただいた。6月31日締切の『0番線』の案内を見つけて、ぐーっと緊張した。選者のところの自分の名前が大きすぎる気がしてひとりであわてる。題は「香」。精進します。

2013年3月19日 16:10

国境の缶は立ってる錆びている    米山明日歌

(第97回ねじまき句会より。)
この句を読んだ途端、砂嵐にさらされる乾いた国境地帯の映像が浮かんだ。と言っても、そんなものを見たことがあるわけでもない。国境に立つ缶が錆びていることで、そこに流れる長い長い時間を思う。海に囲まれた日本は陸上に異国との国境を持たない。だから国境に関して能天気に無自覚だったり唐突に過敏だったりするのだろうか。作品は、余計なことは何ひとつ言っていない。ただ国境に立つ缶を描写するだけである。それが、自然と人間とそれらを包み込む悠久の時の流れを十分に感じさせてくれる。「国」は2月のねじまき句会の題詠。なんと、もう3月の句会がすぐそこに迫っているのでありました。

2013年3月15日 12:25

鉄人の肩と腰とにサロンパス    吉田利秋

(川柳集「ピンチはチャンス チャンスはピンチ」より。)
確かにあまり強くなさそうな鉄人28号だった。大会の翌日、10日は桐子さん・凜さんのご案内で兵庫大仏、清盛塚、鉄人28号を巡った。三宮駅で、島根の石橋芳山さんも合流してちょっとした団体ツアーである。芳山さんは海賊らしいので、ちょっと緊張する。大仏さまを見上げ、清盛塚を見上げ、鉄人28号を見上げた。神戸の空は薄く煙った色だ。日本海を渡っていろんなものが飛来しているのかもしれない。昼食のため三宮に戻る。昨日とは、うってかわって冷たい風がびゅんびゅん吹き付ける。看板も倒れて歩道にころがっている。台風みたいな強風だ。中国料理とベトナム料理の鴻華園というレストランでお食事をいただいた。蒸し春巻きの中に入っていたのは何だったんだろう。ベトナム語らしい名前のタレをつけていただいたが、不思議な感じだった。オーナーのお兄さんが三好さんに「愛知県にはいつ出店するんですか。」と聞かれて疑問符だらけで戸惑っていた顔が印象的。「とてもおいしいです。ありがとうございました。」が通じて、お兄さんも笑顔に。ランチには吉田利秋さんたちとも合流してにぎやかに「しゃべり食いしゃべる」を楽しんだ。利秋さんは、吟行(なのかしら?)で鉄人28号の句を一気に60句くらい(だったと思う)作られたそうだ。壮絶。

渾身のくしゃみを溜めている鉄人    小奈生

家に帰って話したら「27号にも会ってきたか?」と意味不明な質問をされた。ジョーク?それともなにか謂れのあることなんだろうか。

2013年3月12日 10:21

にいさんが空をめくってしまったわ    小奈生

3月9日、「時実新子 月の子忌」七回忌川柳大会に参加するため神戸へ。瀬戸・丸山組の引率で、なんと事前に配布された旅程表まであって迷う心配はゼロ。それにしても神戸は暑かった。アツイ・アルク・アツイ・アツイ・アルク・・・とJR元町駅から会場のホテルに向かう。大げさなキャスター付のバッグをごろごろと転がすわたしは、いかにも足手まといである。それでも途中のコンビニで予定通り昼食を買い込み、余裕を持って会場に到着。参加者は約300名。席について、米山明日歌さんとも無事合流を果たす。明日歌さんはてきぱきと投句を終えて昼食に立たれた。立つときに、「これ、使って。」と下敷きがわりのファイルケースを貸してくださる。テーブルクロスがひっかかって、わたしが句箋とゴニョついているのがばれたみたい。明日歌さんは、常にオトコマエでやさしい。なんとか投句を終える。午後2時開会。安藤まどかさんのお話のあと披講が始まった。各題につき600近い句の中から入選34句と特選1句が選ばれる。瀬戸組では、中川喜代子さん、安藤なみさん、安井紀代子さん、青砥和子さんが入選を果たす。明日歌さんは、3句入選。きれいな堂々とした呼名をなさる。わたしは、もうだめだーと思っていたら最後の「雑詠」でしかもちょっとしたアクシデントの後に句が読み上げられて、おろおろと呼名した。「抜ける」というのはありがたいことだと実感。耳で聞いただけでも確かにうまい!と思ったり、あっと気づかされる視点があったり、思うこと多しである。懇親会のあと、一団は北原修さんの案内で南京町へ。大会の熱気をひきずりながらホテルに帰りついた。文字通り「あつい」神戸の一日が終わった。

2013年3月11日 18:33

おとうとは結露するため立ち上がる    なかはられいこ

(第97回ねじまき句会より。)
有無を言わせぬ説得力だ。「おとうとが結露する」ということの現実性はここでは問われない。
試しにゲームをしてみよう。
〇〇〇〇は△△△△△ため◇◇◇◇◇(◇には動詞を入れること。)という問題を設定する。
例えば、「ライオンは生きていくため狩りをする」といった具合である。もちろん、これは川柳にならない。
このゲームをしてみると「おとうとは結露するため立ち上がる」という句における言葉の選択がいかに確かなものかが明確になる。
「おとうと」という存在に対する読者の感触をそのまま「結露する」につなげ、ケツイ(決意)を想起させる音を下敷きにしながら、「立ち上がる」と結句する。お姉ちゃんがいる弟のヨワッチイけど懸命なふんばりが目に見えるようだ。結露するのですよ。ガラス窓が冷たくてびたびたの水滴になってしまうのですよ。ああ、おとうとよ!ここには完璧な言葉が選択され川柳というかたちで読者に与えられる。

2013年3月 4日 14:50

この国のかたちに曲げてみる肢体    小奈生

北方領土問題が注目されている。長いことあまり触れられなかったような気がするが、最近とみに賑やかである。領土問題に流行廃りなどあろうはずもないが、なんだか報道に振り回されるように感じられて不信感がぬぐえない。尖閣も竹島も五里霧中だ。この国は、世界の常識からすると、領土に関してかなりボンヤリなのかもしれない。大昔、従兄のガールフレンドが沖縄にいて会いに行くのにパスポートがいるという話を、幼な心にかっこいいなあと思いながら聞いていたことを思い出した。初めて沖縄に行ったのは、もちろん返還後だったが、タクシーのラジオから流れる琉球放送がまったく理解できず、かなりショックを受けた覚えがある。沖縄はかつては琉球王国という独立国だった。沖縄の人たちの目には、この国はどんなふうに見えているのだろう。わたしは沖縄が大好きなのだけれど、安易にそんなことを言うのは呑気すぎるのだろうか。

2013年3月 1日 13:59