青い月の招待状を持っている   松永千秋

「セレクション柳人 松永千秋集」より。
というわけで、今夜はブルームーン。夜7時ごろ、「ねえ、お月さまがきれいだよ。」と子どもたちを誘って月を見る。「あ、ほんとだ。」としばらく全員無言で見とれる。外階段の手すりにもたれながら、みんなで空を仰いだ。向かいに住む母に届け物をすると、「あら、きょうの月はきれいねえ。」と母が言う。先入観のない感想である。10時を過ぎていただろうか、窓の外を見下ろすと、高校生の女の子が外で手を振っておいでおいでをしている。なんだろうと下りてみる。「きょうのお月さま青いんだよ。ブルームーンなんだって。」「え?そうなの。」目を凝らすと、確かに縁どりが青い。「わあ、ほんとだ。1ヶ月に2回お月さまが見えることがあって、それをブルームーンって言うんだよ。ほんとに青いんだね。」とわたし。「え?そうなの。」と女子高生。どうもお互いにワイドショー情報の聞きかじりらしい。月を見ながら欠落を補完し合う。彼女はスマホを構えて「青く撮れるかなあ。」とつぶやいている。写真には写らない青っていうのもいいんじゃないかなあと、わたしは申し訳ないけどちょっと思う。

2012年8月31日 23:48

たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ  坪内稔典

信号待ちをしていたら、サイドに「ぽぽライフ」という文字の入った小型自動車が通過した。どうも介護サービスを提供する法人の車らしい。「ぽ・ぽ・ラ・イ・フ」と目で追った瞬間、坪内稔典さんの俳句があらわれた。「ぽぽライフ」の「ぽぽ」も、おそらく「たんぽぽ」の「ぽぽ」だろう。つまり、「ぽぽ」は「たんぽぽ」の生命なんだ!燃える「ぽぽ」の力を再認識した。

2012年8月29日 15:52

「眼に見えるもの 見えないもの」

8月25日、大好きな福岡へ。福岡女子大宮坂ゼミの同窓会だ。福岡女子大時代の宮坂ゼミの卒業生は1回生から6回生まで。その後、先生はフェリス女学院大学に移られた。この同窓会が毎年1回途切れることなく続いているのは、先生がどんなにお忙しいときでも時間をつくって福岡に足を運んでくださるからだ。そして同窓会の度に講演をしてくださる。今年は「眼に見えるもの 見えないもの」というタイトルで、村上春樹氏の〈芥川論〉を中心に講義してくださった。声の調子、リズム、息の入り方、つっかえ方(失礼な!すみません。)すべてが音楽のように、わたしをン十年前にタイムスリップさせてくれる。「文章が淀むことなく、するすると生き物のように流れていく」と村上氏が芥川の文章に最上級の評価を与えたこと、芥川の「文体と、文学的センス」をピアニストの速く動きすぎる指に喩えて芥川文学のエスプリを的確にとらえていることなどが熱く語られる。先生はいつも熱心に話してくださる。きっと伝わると信じて伝えようと一生懸命に話してくださる。隠れ村上ファン(なぜかくれるのだろう?)としては、わたしの世界の中で離れたところにあった先生と村上春樹さんがつながったようで、うれしいテーマだった。食事会のあと同級生の春美ちゃんのお店〈Be-翔〉に移動しての二次会でも、先生を囲んだ先輩方のテーブルでは講義第二部が続いていた。わたしたち6回生の2次会組は「いい音だねえ。」などと言いながら耳を傾けて幸せな気分を味わった。先生は今年3月でフェリス女学院大学の学長職の任期を終えられたので、ますます青年度をアップして大好きな研究に取り組まれることだと思う。先生、ありがとうございます。

2012年8月25日 23:59

焼香の指が樹海へ迷い込む   むさし

『おかじょうき』8月号より。
香をつまみ、亡き人のことを思い、祈りを捧げる。生と死はこちら側とあちら側に隔てられているが、その境は紙一重のようにも思われる。焼香の一瞬、死者の世界に限りなく近い場所に立っている自分自身を感じたのではないだろうか。亡き人は近しい人であったのかそうでなかったのかはわからない。しかしそのようにして死者は悼まれた。迷い込んだ指は、もちろんこちら側にもどってきて次の瞬間から生きているもののあたりまえの営みが再開される。「焼香の指」が過不足のない適切さだ。葬儀という特別な儀式のときに発生する不思議な感覚が、いやみなくやさしさで表現されている。作者はおかじょうき川柳社代表、北の国の人である。初めてお声を聞いたとき、北国の男性はこういう声をもっているのかとしみじみ思った。ときおり無性に聞きたくなる声である。

2012年8月20日 00:17

鉄瓶はいかにも宇平らしく沸く

お盆やお正月になると、きまって祖父のことを思い出す。祖父は表具師。とことん職人だった。常に着物を着て、仕事のときには襷がけ、背筋がしゃんと伸びていた。1日と15日にだけ酒を飲み、煙管煙草をたしなんだ。木製の角火鉢の前に座り、鉄瓶の湯を注いで濃い茶を淹れた。天神様のお祭りで薄荷パイプを買ってもらったこと(母は絶対買ってくれなかった)、台所のザルを持って蛍とりに連れて行ってもらったこと、我流で崩した筆の文字を叱られたこと。あんまり口数の多くなかった祖父から心に残る思い出をたくさんもらっている。宇平は祖父の名前である。

2012年8月13日 19:04

いっぽんの雨を握っているのです   なかはられいこ

夏休みに小6男子3人と週1回5・7・5で遊んでいます。みんななかなか素直で楽しい!
今週の題は「雨」。ということで、なかはられいこさんの雨の句を紹介させてもらいました。「思ったことを好きに言ってごらん。」と言うと、「いっぽんってムリ!」「にぎれないよ!」「雨ならいっぽんじゃなくてもっとだよ。」というツッコミが出ます。「やっぱ女の子かなあ。」「なんかかわいそう。」とも。それが、この句の力であるように思います。「ふーん。」で終わらないところ、何にも思わないのじゃないところ。一人一人の頭のなかに雨を握っている誰かの像が結ばれているところです。
ちなみに、わたしはじゃりん子チエちゃん風の女の子が仁王立ちしていっぽんの雨をにぎりしめている絵を思い描きました。その不器用でふんばった感じがけなげでいいなあと思います。決して「一本」にはならない雨が「いっぽん」になることで生まれる祈りを感じます。
さて、彼らは次回の題をリクエスト。今度は「金」がいいそうです。日本が銅ラッシュだからかなあ。

2012年8月11日 18:15

平日用時刻表から望む海

最近、ときおり市バスを利用するようになりました。近所のバス停に立ってバスを待っている間につくづくと時刻表をながめます。時刻表の数字の隙間から何かが見えてきそうな気がするのです。行き先は決まりきっているのに、今からどこへでも行けそうに思えてきます。やって来たバスに乗ると、どこかうんと遠くまで連れて行ってもらえそうな・・・。知らない町を通って、知らない海辺の町まで。
おかじょうき川柳社の誌上句会『0番線』でShinさんが特選に選んでくださいました。ごほうびに青森産ホタテがいただけるそうです。楽しみ~!

2012年8月10日 13:58

ベトナムの海が滲んでいる額

エアコンの中で一日暮らしている。決してよいことだとは思わないが無しではいられない。ときどき外に出てむせかえるような暑さの中にいるとほっとする。べたべたする汗、ぎらぎらする陽射し。こういうものから遠ざかると、わたしたちはエネルギーのようなものを失ってしまうのかもしれない。わたしたちの汗がしょっぱいのは、人間の生命が海からきたからだと何かで読んだことがる。やっぱり夏はモリモリ日焼けしていい汗をかかなきゃねと思いつつ、エアコンのきいた室内に退却する。

2012年8月 7日 16:15

岸のない夢と連続熱帯夜     小奈生

毎日、人と顔を合わせるたびに「暑いね。」と言い、「暑いよ。」と答えをもらう。
仕事柄夏休み中は予定もびっしりフル稼働だ。
おまけに今年はオリンピックというおまけつきで、自制心の足りないわたしはついつい夜更かしをして、何だか焦りながらベッドに転がり込む羽目になっている。
朝方、しゃんしゃんしゃんとクマゼミが鳴き出すのを聞いてクマゼミの規則正しさに脱帽してしまう。
しゃんしゃんしゃんの声が大きくなりきらないうちに眠りにつく必要がある。

2012年8月 6日 13:39