美しい国にしたいのいちぶぶん   なかはられいこ

栄のホテル・ザ・ビー1Fの《ビストロしゅりあん》で、ねじまき句会の新年初句会を行いました。特別バージョンで時事詠一句と前句附一句の宿題をもらって、みなそれぞれに苦しみました。もちろん、わたしも。
上は、なかはられいこさんの時事詠です。「美しい国に死体の一部分」とも、「美しい国にしたいの。一部分」とも読めます。「美しい国」などと言ってみても、兄が妹を、妻が夫を殺してバラバラにするなんてことが平気で起こっているこの国の異常さが際立ちます。どこが美しいねん。また、後者のように区切って読むと、首相が小さな声で「美しい国にしたいの」と言っている様子が、漫画の1コマのように浮かびます。しかも「一部分」ですって。どこよ、それ?と突っ込みたくなります。いずれにせよ、「美しい国」というお題目の空疎さがあますところなく伝わってきます。そして、何よりわたしが感動したのは、「美しい国にしたいのいちぶぶん」という句全体としての姿のうつくしさです。時事詠というと、何やらごつごつした感じや理屈っぽい感じがでてしまいそうなのに、まったくそれがありません。「美しい」という言葉の持っている妖しい怖ろしさが生きています。こんな風に時事を句にすることのできるなかはられいこさんに改めて惚れ直しました。この句のあたりから、れいこさんの柔らかな声がたちのぼります。柔らかな心そのままの声です。

2007年1月14日 17:17

ひさびさのスー・グラフトンです。

アメリカのミステリー作家スー・グラフトンをご存知ですか?女探偵キンジー・ミルホーンが活躍する「アリバイのA]で始まるシリーズを書いています。はじめて「A」に出会ったときは、オイオイと思いました。エラいこと始めちゃう人だなあ。ほんとに「Z」までいけるの?挫折したらどうするのよ?
心配させて読者を獲得する作戦だったのかどうか、わたしがこのシリーズにきっちりはまったことだけは事実です。以来、キンジーはわたしの元気のもととなり、作品に登場するメニューまであれこれ試してみる始末。ピーナツバターとピクルスのサンドイッチや、たっぷりのバターでソテーした熱々のボロニア・ソーセージをはさんだ白パンとかがランチに登場したのでした。文庫本で読み始めたのですが、すぐに追いつかなくなり、単行本に移行。最新作を待ちわびて書店に行くたびにチェック、だんだん間隔があくようになり、2001年の「危険のP]のあとはいつまでたっても出ませんでした。ずっと気をもんでいましたが、いつかしらめったに探さなくなっていました。それが昨日、何かの拍子でスー・グラフトンのことを思い、あまりにもあっけなく気づいたのです。なんでネットで検索しないの?アマゾンで書籍を購入するのはあたりまえになっているのに、作者や作品の検索は当然のようにしているのに、彼女に関してだけそうすることを思いつかなかったなんて!わけわからん。とにかく、すぐに調べてみると、ありました。しかも文庫で。「獲物のQ」「ロマンスのR」。アメリカでは「S」まで発表されているとのこと、スー・グラフトン66歳、やるなあ。感動の再会です。というより、わたしが勝手に迷子になっていただけか。こうなったら、「Z」までおつき合いさせていただきます。がんばってくださーい。

2007年1月11日 03:25

成人の日です!

というわけで、式を終えた新成人さんたちが晴れ着姿で訪問してくれました。華やか〜。みんなきれいです。わざわざ立ち寄って晴れ姿を見せてくれてありがとう。とてもまぶしいです。
一緒に写真をってことになったのだけど、まさしく娘たちとの記念撮影ですね。まいったなあ。だれかが、「なおこせんせもこういうのあったんですよね。」と言うので、ついつい記憶をたどってしまう。こんな日も四半世紀の彼方なり・・・とふいに浮かんで、おろおろする。

勉強に来ていた中学生の女の子たちも加わって1枚!中学生女子は「いいなあー。」と美しい先輩たちの姿にため息をもらしています。きみたちにもこんな日はすぐ来るよ。ほんとに月日のたつのは早いんだから。

きょう会えなかったみんなも、成人おめでとうございます。みんな元気で堂々と夢を描いて生きてくださいね。みなかった夢はぜったい叶わないのですから。

2007年1月 8日 01:13