「琵琶湖哀歌」

ずいぶん昔、加藤登紀子さんが歌った「琵琶湖周航の歌」がヒットして有名になりました。それと歌詞や曲の雰囲気がとてもよく似ているけれどもまったく別の歌がこの「琵琶湖哀歌」です。「周航の歌」が流行っていた頃からわたしには訳のわからぬ反感めいたものがあって、わたしは「哀歌」派でした。

なぜこんな話になったかというと、土産物屋の店先で、この二つの歌の歌詞が並んで印刷された手ぬぐいが売られているのを目にしたからです。気になって、今さらですが調べてみました。「周航の歌」ができたのは大正6年〜7年。三高(現京都大学)の学生であった小口太郎が学年末の慣例となっている琵琶湖周航中に思いついて歌詞をつくり、当時学生の間で流行っていた吉田千秋作曲の「ひつじぐさ」のメロディを借りたものが、三高の寮歌として愛唱されるようになったのだということです。
一方、「哀歌」は昭和16年、四高(現金沢大学)漕艇部員11名が琵琶湖での練習中に遭難水死したことを悼んで作られた歌。知らなかったのですが、この歌もレコード化されて歌手東海林太郎の代表作になっているとか。こちらも流行歌だったとは初耳でした。でも「哀歌」にはあって「周航歌」にはない哀切な響きは至極あたりまえのことだったのですね。「琵琶湖哀歌」の歌詞を紹介します。

      遠くかすむは彦根城 波に暮れゆく竹生島
      三井の晩鐘音絶えて なにすすり泣く浜千鳥

      瀬田の唐橋漕ぎぬけて 夕陽の湖に出で行きし
      雄雄しき姿よ今いずこ ああ青春の唄のこえ

      比良の白雪溶けるとも 風まだ寒き志賀の浦
      オールそろえてさらばぞと しぶきに消えし若人よ

      君は湖の子かねてより 覚悟は胸の波まくら
      小松ヶ原の紅椿 御霊を守れ湖の上

「われは湖の子・・・」で始まる「琵琶湖周航の歌」をご存知の方はぜひ一度聴きくらべてみてください。

2009年3月21日 01:18